広報誌 カミーザドーゼ・サンガ 2026 No.70
2026年8月29日(土)サンガスタジアム by KYOCERAにて行われました2026-27 J1リーグ第4節、京都サンガF.C.vsアビスパ福岡戦の試合当日、当後援会の広報誌「カミーザドーゼ・サンガ」を入場ゲートで配布いたしました。

今回のスペシャルインタビューは、今年の新加入選手、「ゴリ」こと加藤拓己選手です


23 FW 加藤 拓己
1999年7月16日生まれ(27歳)
茨城県龍ヶ崎市出身
【選手歴】
鹿島アントラーズつくばジュニア
鹿島アントラーズつくばジュニアユース
2015-2017 山梨学院高等学校
2018-2021 早稲田大学
2022年 清水エスパルス
2022.5-10 SC相模原
2022.11-2024 清水エスパルス
2025 SC相模原
2026.1-6 松本山雅FC
2026.7月- 京都サンガF.C.
歴史が動いたシーズン。明治安田Jリーグは今季から「秋春制」へ完全移行、夏に始まって初夏に終わる、Jリーグ史上初めて年をまたぐシーズンが始まりました。京都サンガF.C.も5年半チームを率いた曺貴裁監督が百年構想リーグを最後に退任。新たにランコ・ポポヴィッチ監督を迎え、新体制で臨むシーズンとなりました。
今シーズンはサンガ史上初となるACL出場も控え、新加入選手はレンタルバックを含め9名。しかも登録ブラジル人選手が10名という大胆な補強を行いました。今日はそんな新戦力の中から「ゴリ」こと加藤拓己選手にお話を聞きました。
まず最初に、加藤選手がサッカーを始められたきっかけについて教えてください。
サッカーを始めたのは幼稚園の年少、3歳、4歳になる年ですね。それはもともと幼稚園にサッカーチームがあったというのもありますし、二人いる兄がどちらもサッカーをやっていたこともあって、その影響を強く受けたというのもあります。その後、小学校4年生から鹿島アントラーズのジュニア、そしてジュニアユースとステップアップしました。
3歳からサッカーを始めて、鹿島アントラーズのアカデミーに入れる年齢になったらすぐジュニアに加入、子供のころからJリーガーになる気満々、本気じゃないですか。
子供の時からそれしか見ていませんでした。確かに小学生のころには大きなスタジアムで試合がしたいとか、多くの人の前でといった漠然とした夢でしたが、鹿島のアカデミーに入って勝負の厳しさというのを小学生ながら教えてもらいました。鹿島のアカデミーは負けが絶対に許されないチームだったので、それはもちろん鹿島というクラブがそうであって、アカデミーの選手までその思いは継承されています。どんな相手とやっても絶対負けてはいけないという気持ちが強かったので、あの年代でそれが経験できたのは良かったと思います。そしてそれがプロになるという事を意識するきっかけになったかなと思います。
しかしその後ユースチームに昇格できなかったそうですね。その時の気持ちはどんな感じでしたか。
正直その年代では結果は出していたし、チームからも昇格できると言われていましたし、キャプテンも務めていましたし、自分としてはユースに上がるのは当然という感じの中で上がれないと言われた時のショックは凄く大きくて、しばらくの期間何もやる気が出ないというか、ただただ時間だけが過ぎて行ったのは鮮明に覚えていますね。
しかし結果論かもしれませんが、あの時ユースに昇格できなかった事が今となっては良かったのかもしれませんよ。
いや、ホントそうですよ。結局、山梨学院高校へ進学しサッカー部に入りますが、鹿島のユースに上がった人生を見てみたかったというのはありますけど、上がれなかったからこそ自分はその悔しさをバネにしてアンダーの代表にも選ばれたし、プロサッカー選手にもなれたと思っています。逆にあの時僕をユースに上げないという決断をしてくれた人には、凄く感謝しているという感じですね。
その後早稲田大学へ進まれますが。
スポーツ推薦で大学に入ったものの、実はサッカー部には入部テストがあるのですが、その時足首を骨折していて、入部テストを受けていない、そもそも受けられるような状態でもありませんでした。ですから1年間は学校にいるけれどサッカー部員ではないという状態でした(笑)
怪我が治って2年の時にはもちろん入部テストをパスして無事入部されたのだと思いますが、では実際大学では3年間しかサッカーをしていないのですね。
いや、実質2年ちょっと。最後の年は前十字靭帯を切ってしまって、サッカーが出来なかったですね。でも2年3年の2年間でそれなりに成績も残したし、そのおかげでプロの内定も取れたし、まあ自分の中ではやり切ったという感じです。
そしていよいよ清水エスパルスでプロサッカー選手になりますが、プロになれると決まった時はどんな気持ちでしたか。
実は高校3年生の時、清水エスパルスに練習参加に行かせてもらっていました。高校の監督と「プロに練習参加に行くのは1チーム、そしてプロになれなかったら大学へ行く」という約束をしていて、結果的に大学に行ったのですが、その高校3年生の時、清水エスパルスからはかなりいい感触をいただいていました。でも最終的に清水から「ユースからFWの選手を昇格させるので、加藤は取れない」と言われ、実際その選手は自分より代表経験なども少なかったのですが、その時やはり「もっと絶対的な選手にならないといけない」と強く思いました。プロになるに当たって、自分としては一番最初にオファーを出してくれたクラブに行こうと決めていたので、それが清水で良かったな、と。しかも大学3年の時、清水が内定をくれた年、高校卒業時に自分を取らずに清水のユースから上げたFWの選手が契約満了になって、丁度その選手と入れ替わりで入団することになりました。何か因縁めいたものを感じました。それ以上に自分にとっては大学の4年間の経験はメチャクチャ大きく、今の人生においてもすごく重要だったと思います。そういう意味でも大学に進学してからプロになったのは良かったと思います。

そんな加藤選手が京都に来てくださることになったきっかけはどんなことだったのでしょうか。
今、京都サンガでGMをやっておられる大熊清さんですが、その大熊さんは自分が高校生の時にはセレッソ大阪、大学生の時は清水におられて、折に触れて自分のことを見に来ていただいて。で、大熊さんに声をかけて頂いて清水でプロになったのですが、大熊さんが最初に獲った選手が自分なんです。大熊さんは自分のプレーの良いところも悪いところも良くわかってくださっています。その上で今回「力を貸してくれ」とお話をいただいたから、条件面、それこそ年俸とか年数とかそういうことを全く気にせずに返答しました。大熊さんには恩義もありますし、自分はどちらかと言えば古い人間なのか、義理人情的な部分をすごく大切にしますね。
京都に来られた経緯はよくわかりましたが、京都の同じポジションには絶対的エースともいうべきラファエル・エリアス選手がいます。そのチームに移籍することに迷いはなかったのですか。
これは正直色んな人に言われました。「どうせ京都に行っても試合に出られないだろ」みたいなことは。もちろんファーストチョイスとして自分が試合に出られるという事は凄く重要なことだと思います。その意味では自分は松本に残るというのが正解だったのかもしれませんが、自分が移籍を決めた一番の理由は、プロサッカー選手である以上挑戦を辞めたくないという事ですね。たとえば安パイの道を選んで松本に残って試合に出ます、それは素晴らしいことだし、とても名誉なことだと思いますが、この京都という絶対的エースのいるJ1のチームでスタメンを獲ったり、それを競った時にしか見られない景色を見たいなと。松本でスタメンに名を連ねる、という景色はもう見終えたので、次は今の自分の状態で、J1でも最高レベルのFWのラファとどこまで競えるのか。それは誰に聞いても無謀だというと思いますが、やっぱり自分の可能性を信じたい。自分がそこに居る景色を想像して、いつか振り返った時に「あの時自分は逃げなかった、挑戦する勇気はあったよ」と言えるように。あと、自分の奥さんにも「どうかな」という話をした時に「やってみないとわからない。やる前に諦めてどうするんだ。」と言われましたね。
ここまで話を聞いていると、節目節目で試練が度々あり、それを挑戦で乗り越えてきた人生ですね。普通ならどこかで諦めそうなものですけどね。
人生でネガティブになった瞬間は3回目に前十字靭帯を切った時1回だけですかね。その時は本当にもう自分はダメだと。その時ばかりは自分の奥さんも「苦しいんだったらもうやめた方がいいよ」と言ったくらいでしたが、それこそ大熊さんや当時の秋葉監督、キャプテンだったノリ(鈴木義宣選手)が、99%辞めようと思っていた自分の背中を「まだまだやれる」と押してくれましたし、そうやって支えてくれた人たちのおかげで今こうやって頑張れています。京都にはそういった意味で自分が感謝してもしきれない人達がたくさんいます。大熊さんはもちろんですが、膝の手術をしてくださった原先生、ノリもそうだし、カコ君(圍選手)も相模原で一緒で、ずっと膝のことを心配してくれました。(福岡)慎平、(齋藤)未月、1個上だとアピ(アタヴィア久選手)、ハル君(新井晴樹選手)、同い年だと(加藤)蓮、(佐藤)響、1個下の(福田)心之介なんかは同じ大学リーグで鎬を削ってきたし。知っている選手がたくさんいるのも心強いです
加藤選手の「こういうプレーを見てもらいたい」というところを教えてください。
ゴール前でゴリゴリ行ったり、相手DFをはがしたりというのも自分は好きなのですが、一番はペナルティーエリア内で自分が相手DFと駆け引きをしてどれだけゴールを決めるのか、そこだけだと思います。あと自分は昔からそうなんですが、鬼ごっこで逃げる時、絶対捕まるんです、足が遅くて。でも鬼になって追いかける時はめちゃめちゃ早くてすぐ捕まえられるんです。本能的なものか、ハンターの血が流れているのか(笑)。だから、相手が持っているボールを追いかけるところも注目してください。
では最後にファンやサポーターの皆さんにメッセージをお願いします。
自分はJ3から来た選手なので期待値もそんなに高くないだろうと思いますし、ラファもいるしね。でも自分は試合に出る気でいますので(笑)。ですから、このクラブのために自分を捧げて戦うという部分を出していきたいです。自分たちの勝利を信じてスタジアムに来てくださる皆さんを笑顔で帰っていただくようにできるのは自分たちしかいないので、そのために自分たちは練習しています。だから1年間、上手くいく時もそうでない時も、皆さんと一緒に手を取り合って強豪クラブに変えていきたいし、自分は1日も早くプレーで皆さんに認めてもらわないといけないと思っています。自分は本当に全力を出すので、ファン、サポーターの皆さんには4つのタイトルを全て獲る気持ちで一緒に戦ってもらえたらと思いますし、あと、せっかく京都に来たのだから御朱印集めをしたいので、おすすめのお寺があったら教えてください(笑)。
真剣なまなざしで熱い話をしたかと思うと冗談を織り交ぜて場を和ませてくれたり、見た目とのギャップも魅力的な加藤選手。その言葉通り開幕戦には途中出場ながらピッチに立ち、相手選手を追いかけ回しました。我らが京都サンガF.C.は開幕してからここまで、まだ残念ながら勝ち星がない状況。今日のホーム開幕戦、我々も全力を出して後押しし、必ずやシーズン初勝利を手にしましょう!!
(取材日 2026年8月5日)